昭和41年03月12日 夜の御理解



 今日は、前々から思うておりましたけれども、なかなか実現はできなかったんですけれども、私のお付き合いの方が、柴田病院にもう5年から、胸の病気で入院しております。そこを、今日はあの、見合わせて頂きますと。ご承知のしょうに、毎日必ず午後から参拝いたしますから。まあ歩いて参ろうと思いよりました。あちらに行こうと、少しは通り過ぎるからと思いよったら、ちょうどあの古賀さんが、今日はあのメンバーの当番でみえておりました。
 古賀さんに、あのう、送って頂こうと思うて、行こうと思うとりましたら、本当にあの、いつものことながら有難いと思うんですけれども、行こうと思っとりましたら、久富さんが参って来なさいました。今日は何か、お願いをなんかで参っておることならできんけれど、どうやら尋ねたところが、あのうそのう、忙しゅう思いもうなかったですから、暇が出来とるから、一緒にお出でなさいと言うてから、一緒に来てもらって、それで行きがけ、あのう、あちらまで車で送ってもらいましてね。
 うんて帰りをずうっと歩かせてもらって、山形の叔母のところにちょっと寄って、まぁ叔母を見舞うて帰って参りました。それから歩いて吉木の中から、こうほいて帰ってまいりました。そしたらもう帰ったら、もうとっても疲れてね、いつもこんなにないのに、もう足はもうとにかく引きずるようにしてから、まあ今日は帰り、いつも今度はこう田主丸まで歩いたのに、こんなきつうなかったのにですね、でお風呂入らせて頂いても、何か体だるうしくてから、なんですけど。
 私は思うんですけれども、本当にどんな場合でも、あの神様にあの、お礼を申しあげにゃいけないということですね。もうどげな場合でも。もうどんな場合も確かにお礼を申し上げにゃいかん。ですからもう、お礼の出らん言葉の出らん時でも、やはりあの、分かりませんからきついのですけども、やっぱり神様にお礼を申し上げなならん。今日はお前、お前の好きな、久富さんを連れちから、ずうっともうそれこそ散歩して回ってから、もう今日はもうとても有難かったじゃないかと。
 丁度ね、この体のきつさは丁度あの、湯だれのした様なものだっち神様仰る。して今日はもう温泉行きしてから、今日はそのした様なものだと言う訳なんです。ほんにそうたいの、それでも湯だれのごたる感じと思うてですね、ですからもうそのう、どう言う様な場合でも、お礼を申し上げる事が、例えそうじゃなかっても、それがそのおかげになってくる、ね。ですからもう私共はもう、ただきつかきつかばっかり言うとったんではおかげにならん、うん。きつかったけれどもそこの、きついけれども。
 やはり有難いというものを何かの所に、その有難いというものを考えさして頂くとです、ほんに神様の御都合じゃったじゃろうなあとこう思うのですよ。勿論私は古賀さんに行きがけ送って貰うて、帰りは一人で歩いて来る筈じゃったんです。所がそれが今日は久富さんをちゃんとお供につけて下さってから、おかげを下さった。その辺の具合というものが、成程神様のお計らいの中にあったんだなあとこう、言うならば温泉入りでもしたような、言わば体の疲れであるということ、うん。
 だからもう、きつかったきつかっただけでは、そらおかげにならんのだけれど、ね、本当にあの湯湯治でもさせて頂いた、いわゆる湯だれのごたる気持ちだったら、お礼申し上げる、いわゆるおかげ頂き過ぎての疲れなのだということですよ、うん。ですから改めてまた、お礼を申させて頂いた様な事でございましたけれども、どうでも一つお互いの、もうまぁ一日を締めくくらせて頂く時に、どう言う様な事があっても、やっぱけれども、やはりお礼を申し上げる。
 けれども有難かったと言う様な答えを出していかなければ、ただきつかったきつかったというだけで終わらしたんでは、やはり明くる日の体に、言わば健康の上にでも障る様な事になるのじゃないだろうか、ね。お礼を申し上げる心がおかげを頂く、言わば明日の、言うならば温泉に行くのに、体休めにこそ行くけれど、体を虐待すぎに行くはずはないですからね、ね、ですから一時は湯だれが致しますけれども、その後はそれが次の働きの原動力になるような、おかげを受けられるんだと私は思うですね。
   どうぞ。